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浦和地方裁判所川越支部 平成6年(ヨ)58号 決定

債権者

栗城一郎

右申立代理人弁護士

梶山敏雄

高木太郎

杉村茂

福地輝久

神田雅道

債務者

正興産業株式会社

右代表者代表取締役

中川裕之

右申立代理人弁護士

高井伸夫

山崎隆

内田哲也

廣上精一

右当事者間の地位保全仮処分申立事件について、次のとおり決定する。

主文

一  債権者の本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

一  債権者は、「債権者が債務者に対し、労働契約上の地位を有することを仮に定める。債務者は債権者に対し、平成六年三月一八日から本案判決の確定に至るまで、毎月二五日限り一か月金三〇万六三二三円を仮に支払え。」との決定を求め、その申立の理由を次のとおり主張した。

1  債務者は埼玉県富士見市(以下略)において、従業員約一二三名を使用して自動車教習所を営む株式会社である。債権者は昭和六三年三月二日に債務者に指導員見習として雇用され、同年一二月頃から自動車の運転教習の指導員の職務に従事しているものである。債権者は、債務者の従業員が平成四年一二月一四日に結成した自交総連・埼玉地方連合会・埼玉自動車教習所労働組合セイコーモータースクール支部(以下、組合という。)の組合員であり、組合結成時から執行委員長の地位にあって、積極的に組合活動を行って来たものである。

2  債務者は平成六年三月一八日に債権者に対し、債権者を懲戒解雇する旨を文書で通知したが、債権者はその文書の受領を拒絶している。その懲戒解雇の理由は、(1)債権者が高校中退であるのに、高校を卒業した旨学歴を詐称して債務者に雇用されたこと、(2)平成五年三月二日午前中に予告をせずに、組合員にストライキを実行させたこと、(3)債務者会社代表取締役中川裕之に対し、威嚇的言動を行ったこと、(4)勤務態度が不良であること等を事由として、右各事由は就業規則三条、四条、六二条一、五、六、九号に該当するというものである。しかし、(1)の事由については、債権者の学歴は債務者が指摘するとおりであるけれども、債権者は公安委員会が実施する普通自動車技能及び学科指導員の審査に合格し、指導員としての資格及び能力を十分に具有しているのにもかかわらず、債務者は就職後六年も経過してこの問題を持ち出してきたものであり、その間債権者は真面目に指導員として勤務し、その勤務成績は他の指導員と比較して何ら遜色がなかったものである。(2)の事由についても、組合と債務者の間には争議行為の予告及び予告期間についての労働協約は締結されておらず、組合は同年二月二八日の夕刻開催した臨時組合大会において、債務者が組合員である野上誠一に対して不当に退職勧告をし、指導員としての勤務割を外したことに抗議して、その措置の撤回を求めるために、同年三月三日にストライキをすることを決議しており、同月二日には自動車教習所の業務を統括している菊池弘司管理者に対しその旨の予告をしているから、決して抜き打ちストではない。(3)の事由については、平成五年一二月二四日及び二七日の夜の債務者会社代表取締役中川の帰社の際の自動車教習所の玄関先、翌同六年一月五日朝の債務者会社の年賀式典の終了直後の債権者ら組合員の中川に対する言動を指摘していると考えられるが、その際の債権者ら組合員の言動は決して威嚇的なものではなく、中川はそれまでに行われた組合との団体交渉に一回も出席せずに、組合の要求に対し誠意がある応対をしなかったので、組合として抗議して行動したものである。(4)の事由については、債権者は未だ幼児である長男がアトピー性体質であることから、風邪をひくと呼吸困難になるので、やむを得ずに月に一回位勤務を休んでいたが、遅くとも始業時刻の一時間前には債務者会社に電話で連絡して了承を得ており、債権者にその他の勤務違反又は不良行為はない。

3  したがって、債権者について懲戒解雇に該当する事由は全く存在せず、右解雇は、組合結成以来委員長として積極的に労働条件の改善を目指して、組合活動に取り組んで来た債権者に対して、債務者が組合活動を嫌悪して、債権者を職場から放逐して組合活動を終息させるために意図して行ったものであるから、不当労働行為であって、解雇権の濫用行為である。したがって、右の懲戒解雇は無効であり、債権者は債務者の被用者としての労働契約上の地位を有している。そして、債権者は妻と長男を扶養して、債務者から支給されている給料収入を唯一の収入源として一家の生活を支えて来ているが、解雇日以降給料の支給がないので生活に極めて困窮している。よって、申立の趣旨の決定を求める。

二  よって、判断する。

1  本件記録並びに債権者本人及び参考人中山四郎の審尋の結果によれば、次の事実が疎明される。

(1)  申立の理由1の事実、なお債務者経営の自動車教習所は、昭和四一年五月二一日に埼玉県公安委員会により道路交通法に基づいて自動車教習所として指定されて開設されたものであり、平成六年三月三一日現在の従業員が一二三名、指導員が八四名である。

(2)  債務者が平成六年三月一八日に債権者に対し、債権者を懲戒解雇する旨を文書で通知したが、債権者はその文書の受領を拒絶しているけれども、同日に自動車教習所長山下照志がその旨を口頭で意思表示をした。その懲戒解雇の事由は債権者が申立の理由2において主張するとおりである。

(3)  債権者は、昭和五三年四月一日に東京都立田無工業高等学校に入学し、同五四年五月三一日に同高等学校を退学したのに、昭和五三年四月に同高等学校に入学して、同五六年三月に卒業したと履歴書に学歴を記載して、債務者の入社試験を受けて審査に合格して指導員見習として雇用された。債務者は、その雇用の際に入社申込者に対し卒業証明書等の提出を求めず、また、学校照会も行っていないので、債権者の学歴はその履歴書に記載されたとおりであると信じて、債権者を雇用して指導員としての職務に従事させて来たけれども、後記の平成五年三月三日の組合員の怠業の調査のために、査問委員会を設置して調査している過程で、同年一二月頃に債務者の職員が同高等学校に行って調査した結果、債権者の中途退学の事実が判明した。昭和六三年当時、債務者は教習生の大半が高校以上の学校の卒業者ないしその予定者であるところから、指導員は高校以上の学校の卒業者を雇用することとし、新聞等の募集広告でもその旨を就職条件として記載していた。平成五年当時、債務者雇用の指導員で、高校卒業者でない者は債権者の外に一人いたが、同人の学歴が判明したことから、債務者は同人に対し出勤停止一〇日間の懲戒処分をし、指導員から外して、整備工場に配置替した。もし、債権者が高校中途退学者であることが雇用時に判明していたら、債権者を債務者は少なくとも指導員見習として雇用しておらず、その後も指導員としての職務に従事させなかった。

(4)  平成五年二月中旬に、女性の教習生からのアンケートの回答に、債務者雇用の指導員で組合員でもある野上誠一が、その教習生の運転を指導中に、教習生の身体を手で触れた旨の記載があったことから、債務者はその事実を調査して、同月二四日夕刻に自動車教習所の事務所で、債務者会社の総務部長中山四郎及び管理者菊池弘司が野上に任意退職することを勧告し、その翌二五日から指導員の仕事を割り当てなかった。野上はそのことを組合の執行委員長である債権者に対し直ちに報告したことから、組合もその上部団体である埼玉自動車教習所労働組合執行委員長大西義夫らにそのことを連絡して、同日から組合は中山らに対して、野上を指導員として乗務させること、そのアンケートの回答を組合員に閲覧させることなどを要求して交渉していたが、同年三月三日午前八時三〇分頃から、自動車教習所の事務室一階に債権者を筆頭に組合員二十数人と大西らの上部及び支援団体の組合員と合わせて五〇人近い人員が集まり、中山及び菊池に対して債権者が中心となって同様な事項を要求し、中山は始業時刻である午前八時四五分直前に、債権者を含む組合員に対し教習コースに戻って配置に就くように命令したが、債権者らはその命令に従わずに、午前八時五七分頃に債権者は中山らに対し、「これからストライキをする。」と宣告し、午前九時から午前一〇時五〇分までの間、第一時限及び第二時限の自動車運転の教習を、債権者を含む二三人の組合員である指導員は怠業した。第一時限の配車数は七一車であり、第二時限もほぼ同数の配車数であったが、その怠業のために、このような事態の発生を予測していなかった債務者は、配車が予定されていた二三台分の自動車の運転の教習をやむなく延期せざるを得なくなり、その各時限の教習を予約していた教習生から投書等などによる苦情が数多くあった。自動車教習所では、教習生の時間割の予約を数週間前から受け付けており、指導員の勤務割は前日の午後七時三〇分頃までに作成して掲示して知らせているが、例年三月は高校の卒業生や春休みに入った大学生で教習を受ける教習生の人数が多く時間割の余裕がない。なお、前記の債権者ら組合員と中山らの交渉時には、事務室一階のホールには教習を受ける前の教習生が多数待機して、その交渉の状況を見ていた。組合は、野上の退職勧告及び乗務禁止の措置に抗議して、債務者に対してその措置の撤回を求めて、同年三月三日午前中に組合員が教習指導勤務を怠業することを、同年二月二八日夕刻に開催された組合の臨時大会において決議したけれども、組合として債務者に対して右事項について団体交渉の申入は、右の怠業時には未だしておらず、初めてその申入をしたのは、同年三月三日午後四時から行われた団体交渉の席上であり、右団体交渉の日時は数日前から予定されていた。そして、債権者は右のストライキの実施を同月二日に菊池管理者に事前に通告していたとの主張は、これを疎明するのに十分な証拠がない。

2  本件記録及び債権者本人の審尋の結果によれば、債権者は平成四年一二月一四日の組合結成以降、執行委員長として債務者に対して、時間外労働の運用方法、賃金の計算方法、有給休暇の請求等について労働条件の改善を要求して、団体交渉をするなどして、積極的に組合活動をしたこと、組合員数は最盛時には約四五人に達したが、平成五年三月三日頃は約三〇人に減少し、現在では約九人になっていること、債権者の平成四年度の給与額及び夏期・冬期の賞与の合算額は、それぞれ三五五万六三九六円及び九九万八五〇〇円であるのに対し、平成五年度はそれぞれ三二七万二六六三円及び五七万一五〇〇円に減少していることが認められる。しかし、債務者経営の自動車教習所は、教習生に自動車運転の技術及び知識を習得させて、運転免許を取得させるように指導する公益的な役割を担った施設であり、その職務に直接従事する指導員としては高度の技術・知識・人格等を要求され、かつ、指導員は教習生及び経営者や幹部職員と善良な人間的な信頼関係を保持する必要があることを考慮すると、指導員の学歴もその職務についての適格性及び資質等を判断するうえで、重大な要素の一つであると認められ、債権者が高校中途退学者であることが雇用時に判明していたならば、少なくとも債務者は債権者を指導員見習として雇用せず、また、その後に指導員としての職務に配置しなかったと認められるから、債権者が学歴を偽って債務者に雇用されて、指導員としての職務に従事した行為は、重大な背信行為として就業規則六二条一号所定の「履歴書の記載事項を詐って採用されたことが判明したとき。」に該当して懲戒解雇の事由になり、また、債権者は、組合員野上の退職勧告等の措置の撤回を要求して、団体交渉の議題としてこれを申し入れる前に、事前の通告も行わずに、債権者を含む二三名の組合員を約二時間も運転教習の勤務に従事させないように計画、指導し、その怠業により債務者に多大な経済的損失を被らせたばかりでなく、多数の教習生に迷惑を及ぼして苦情を生じさせたことにより、債務者の信用を傷つけた行為は、同条五号所定の「故意または重大な過失により会社に損害を与えまたは会社の信用を傷つけたとき。」に該当して懲戒解雇の事由になり、右の二つの事由を合わせて考えると、情状が軽微であるとは認めることができない。そうすると、その他の懲戒解雇事由の存否について判断をするまでもなく、債務者が債権者を懲戒解雇したのは、組合活動を嫌悪して、その執行委員長である債権者を職場から追放して、組合活動の終息ないし弱体化を図る不当労働行為の意思をもってなした行為と認めるのは相当ではなく、かえって、公益的な業務を遂行する組織体としての職場秩序を保持するために、その規律違反行為に対する必要な制裁行為として行った行為であり、正当な根拠があると認められ、債権者の行為の態様、その秩序違反及び発生させた結果の重大性その他の諸般の情状を考慮すると、債務者に解雇権の濫用があったとも肯認することができない。

3  したがって、債務者の債権者に対する懲戒解雇の意思表示(債権者はその文書の受領を拒否したが、債務者はその旨を口頭で意思表示したことが疎明される。)が無効であるとは認められないから、債権者の被保全権利は疎明されない。よって、債権者の本件仮処分の申立を却下することとし、申立費用の負担について、民事保全法七条、民事訴訟法一九六条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 片岡安夫)

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